福知山旅館ホテル組合の沿革

   
 福知山旅館ホテル組合は、平成28年5月9日に創立100周年記念式典を盛大に執り行う
ことができました。これは偏に、行政始め関係各位のお蔭と感謝し厚く御礼申し上げます。
 ここに福知山旅館ホテル組合の沿革の一端をご紹介させて頂きます。
 当組合の前身は大正年間に{宿屋組合}として設立されされましてそれ以降会議。親睦の
集いの中から存続して来ました。当時、軍都福知山における旅館は二十連隊の入営時には
必要不可欠であり、外出日である日曜日にには、家族との面会などでおおいに賑わったそう
です。昭和に入り戦前、戦中、戦後の間大きく変貌をとげ現在ではお客様のニーズにに応える
べく特殊性を持った旅館、ホテルか建設され充実、発展し現在に至っております。
 素朴な人情が今なお残る城下町、人の心に残るふれあいの宿をご紹介いたします。
 充実のひとときをお過ごしくださいませ。

宿屋組合(創立)

 かって街道筋から開けた旅籠が宿屋と言われるようになり、、大正年間になって宿屋業組合が設立されました。

三業組合(名称変更及び組織替え)

 昭和初期から戦時中には、料理、飲食、貸席、置屋、宿屋の各組織が合併され、その名称も「三業組合」とされ時局対応させられました。
 軍都福知山における旅館は20連隊の入営時には各店超満員になり、兵士の外出日である日曜日には、家族との面会などでおおいに賑わいました。
 戦時下においては三業組合間では物資の配給、はてき税務の折衝などの業務もおこないました。
 戦局風雲急を告げる昭和18年には、三業組合の店主による勤労産業奉国隊なるものが結成され、筑豊炭田におくりこまれ、石炭採掘に強制従事もさせられました。

旅館組合(三業組合から単独組合になる)

 終戦前になりますと、三業組合は、極端な食糧難、物資不足等、加えて営業主の徴兵などによる労働力の欠如などで営業もままならず゛、旅館業以外は休業状態の店舗も多くなり、昭和20年に旅館組合は独立致しました。
 終戦後の物資不足の時代や、昭和28年の大水害の大きなダメージををうけた旅館組合も、急速に発展して行く社会情勢の中でそのニーズにあわせていくべく、呼称も宿屋から旅館、ホテル等へと名を変えてその内容も豊富にしていきました。

旅館組合と観光旅館連盟

 昭和33年に組合員の10店舗が旅館組合から分離し、福知山観光旅館連盟を設立しました。ここで旅館業の窓口が二つになりました。
 その後旅館組合は吉田和雄、植野憲治二、秋田敬晶、木寺武男、正木明、一島信幸の各氏が、亦観光旅館連盟は、足立幸作、藤本信夫、足立安正の各氏が組合長を努めました。
 福知山の旅館業界も、戦後の復興から高度成長へと目まぐるしく変動し発展する社会情勢の中で、ご宿泊の皆様のニーズに応えるため、和風旅館、料理旅館、シティホテル、ビジネスホテル等、その業態の特性をもつようになりました。
 商都福知山へ来られるセールスマン、発展し続ける工業団地の施設拡充に来られる建設関係のお客様、更に大きなイベントも催されますスポーツ関係のお客様、福知山城をメインにして観光に来られるお客様、など福知山に宿泊して良かった、素晴らしかったと喜んで頂くよう受け入れ態勢を整えております。
 前組合長正木明氏は昭和53年就任、組合の活性化を目指して、先ずパンフレットを作製して関係機関へ配布、現組合長一島信幸氏は平成20年に就任、インターネット時代に応じてホームページを開設して団体客の受け入れに対処し、また業態に応じた配宿を可能にしております。

スポーツイベントへの協力

 観光資源がいささか乏しい福知山ではありますが、それに代わる素晴らしいスポーツ施設が当市には設けられております、即ちテニスコートであり体育館です。更に道路スポーツに最適な環境を持ちますロードもあります。
 これらの施設を利用されての全日本、全関西等のスポーツイベントが、昭和63年の「京都国体」を契機ににしまして数多く開催されるようになりました。
 お蔭さまで多数の選手、役員等のご宿泊があり感謝致しております。これにお応えいたしまして福知山旅館組合は、宿泊料金等におきましても良心的な価格でこれらの大会に協力しております。福知山マラソンも全国的に定評があり、近年出場者は増える一方でであり多数の宿泊客を受け入れております。

旅館組合と観光旅館連盟との合併

平成6年4月に合併、36年間の悲願が達成しました。

100周年記念式典の開催について

 一世紀の長い間、福知山旅館組合が支えられてこられたのは、組合の諸先輩の功労者及び各旅館、ホテルの勤続従業員各氏のご尽力のお蔭であります。
 その間、行政始め関係機関のご支援のお蔭であります。これらの皆々様に感謝申し上げますと共にこれからのご協力を申し上げます。

福知山旅館組合から福知山旅館ホテル組合に名称変更


 平成28年100周年記念式典を機に時代対応して名称変更を行いました。